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大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)2567号 判決

原告(反訴被告) 株式会社共立興業破産管財人 増井俊雄

被告(反訴原告) 松浦商事株式会社

主文

原告(反訴被告)の請求を棄却する。

本件反訴を却下する。

本訴の訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とし、反訴の訴訟費用は反訴原告(被告)の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、本訴について

(一)  原告(反訴被告、以下原告という。)は、「被告は原告に対し、金一、七五八、〇〇〇円およびこれに対する昭和四二年一一月二五日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、

(二)  被告(反訴原告、以下被告という。)は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

二、反訴について

(一) 被告は、「反訴被告は反訴原告に対し、別紙〈省略〉(三)(債権目録)記載の(1) 、(2) の各金員を支払え。反訴の訴訟費用は反訴被告の負担とする。」との判決を求め、

(二)  原告は、本案前の申立として、「本件反訴を却下する。反訴の訴訟費用は反訴原告の負担とする。」との判決を、本案の申立として、「反訴原告の請求を棄却する。反訴の訴訟費用は反訴原告の負担とする。」との判決を、それぞれ求めた。

第二、当事双方の事実上の主張

一、本訴の請求原因および被告の抗弁に対する反論

(一)  訴外株式会社共立興業(以下、破産会社という。)は、被告が昭和四〇年三月一九日にした破産申立により、昭和四二年六月七日、大阪地方裁判所において、破産宣告を受けた。

原告は、破産会社の破産管財人である。

(二)(1)、被告は、破産会社が、別紙(一)(物件目録)記載の被告所有土地のうち二二八・〇九平方メートル(六九・七〇坪)を不法占拠していることを理由に、破産会社外一名を被告として、建物収去土地明渡の訴(大阪地方裁判所昭和三六年(ワ)第二、二二五号事件)を提起したうえ、昭和三八年七月二五日、被告が破産会社に対して有する右土地不法占拠による損害賠償請求権を保全するため、破産会社が右土地上に所有する建物の賃借人ら(別紙(二)の取立賃科目録中、賃借人欄記載のとおり)を相手方として、大阪地方裁判所に対し、右賃借人らは右目録記載の賃料を破産会社に支払つてはならない旨および被告の委任する同裁判所執行吏は右賃料を右各賃借人から取り立ててこれを保管すべき旨の仮処分決定の申請をし、同月二七日、同裁判所からその旨の仮処分決定を受けた。

右仮処分決定は、その頃、右各賃借人に送達された。

(2)、被告は、大阪地方裁判所執行官(旧執行吏)和田棟治に右仮処分決定の執行を委任し、同執行官は、右仮処分決定に基ずき、右各賃借人から、右目録記載の賃料総額二、〇三一、〇〇〇円を取り立て保管した。

(3)、被告は、昭和四二年三月二七日、大阪地方裁判所において、前記建物収去土地明渡等の訴訟事件につき仮執行宣言付勝訴判決を得たうえ、その執行力ある判決正本に基ずき、昭和三四年一二月一日から昭和四二年四月三〇日までの間の前記土地不法占拠による損害金債権五、〇九五、二五五円の内金二、〇三一、〇〇〇円の強制執行のため、被告を債権者、破産会社を債務者、執行官和田棟治を第三債務者として、大阪地方裁判所に対し、破産会社が右執行官に対して有する前記取立保管賃料二、〇三一、〇〇〇円の返還請求権について、債権差押ならびに転付命令の申請(同裁判所昭和四二年(ル)第一六五四号、同年(ヲ)第一七一六号各事件)をし、同年五月一九日、同旨の債権差押ならびに転付命令を受けた。

右命令の正本は、同月二二日、右執行官に送達された。

(4)、ところで、右転付債権のうち、二七三、〇〇〇円の部分については、大阪市西区役所が、昭和三九年一一月二九日、破産会社に対する滞納租税債権に基ずく差押をしていたので、右転付命令は、右差押部分を除いた一、七五八、〇〇〇円の部分についてのみ効力を有し、破産会社が右執行官に対して有していた右保管賃料返還請求権は、右限度において被告に帰属した。

(5)、そこで、被告は、昭和四二年一一月二四日、右執行官から、右保管賃料一、七五八、〇〇〇円の支払を受けた。

(三)  被告の前記転付命令の申請は、破産会社に対する破産申立の後になされたものであり、右転付命令による前記保管賃料返還請求権の移転は、債務消滅に関する行為で破産債権者を害する行為であることも明らかであるところ、被告が、破産申立人として、右破産申立の事実を知つていたことは当然である。

よつて、原告は、破産法七二条二号、七五条により、本訴において、前記転付命令を否認する。

(四)  以上の事実に基ずき、原告は被告に対し、右保管賃料返還請求権の価額に相当する金一、七五八、〇〇〇円とこれに対する、被告が右保管賃料の返還を受けた日の翌日である昭和四二年一一月二五日から支払済まで、商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(五)  被告が原告の否認権行使を妨げる事実として主張するところは、次に述べるとおり、いずれも理由がない。

(1) 、不動産賃貸の先取特権に関する主張について

不動産の賃貸による先取特権の被担保債権は、「借賃その他賃貸借関係より生じたる賃借人の債務」(民法三一二条)であり、その目的物は、「賃借人の占有にあるその土地の果実」(同法三一三条一項)その他の「特定動産」(同法三一一条)である。

ところが、被告が主張する被担保債権は、破産会社が被告所有土地を不法占拠したことによる不法行為に基ずく損害賠償請求権であるし、被告が主張する先取特権の目的物は、破産会社の建物賃借人に対する賃料債権であるから、いずれも、不動産賃貸の先取特権の右各要件にあたらない。

従つて、被告の右主張は失当である。

(2) 、共益費用の先取特権に関する主張について

民法三〇六条一号の「共益の費用」とは、性質上、総債権者の利益のためにする行為に要した費用である。

ところが、被告主張の仮処分が、被告主張の損害賠償債権の保全を目的として、被告個人の利益のためになされたものであることは、被告の主張自体から明らかであるから、これに要した費用は、右共益費用にあたらない。

仮りに、右仮処分が、総債権者の利益のためになされた行為にあたるとしても、それは、右仮処分の結果が破産財団に帰属した場合、すなわち、右仮処分によつて保存された賃料(執行官保管金)が破産財団に帰した場合に、初めていい得ることである。

従つて、被告の右主張もまた失当である。

(3) 、また、被告は、昭和四二年一〇月三〇日、本件破産事件の一般債権調査期日において、原告に対し、本件転付命令が否認の対象になることを認め、右転付命令に基ずいて取得した金員の返還を確約した。

従つて、被告が、仮りに、原告の否認権行使を妨げ得る権利を有していたとしても、被告は、右意思表示により、その権利を放棄したものというべきである。

(六)  被告主張の相殺の抗弁に対する原告の主張は、次のとおりである。

(1) 、別紙(一)(物件目録)記載の土地が被告所有のものであること、同目録記載の(1) ないし(3) の建物が破産会社の所有に属する((3) の建物は、被告主張の期間破産会社の所有に属した)ものであること、右各建物による敷地占有面積が被告主張のとおりであることは、いずれも認めるが、被告主張の各自働債権の存在は争う。

しかも、右土地の占拠による被告の損害賠償請求権は、いわゆる劣後的破産債権にあたるものであつて、財団債権ではないから、右損害賠償請求権を自働債権として相殺せんとする被告の主張は失当である。

(2) 、仮りに被告主張の債権が財団債権であるとしても、被告の相殺の主張は失当である。

すなわち、破産財団が財団債権の総額を弁済するに足りないときは、財団債権は債権額の割合に応じて弁済することになつている(破産法五一条)ところ、本件破産事件については、破産終結時において、破産財団をもつて総財団債権を弁済することができない見込が大きいから、結果的に財団債権全額の弁済を強いることとなる被告の相殺の主張は許されないものというべきである。

(3) 、仮りに、被告主張の相殺が許さるべきものであつたとしても、被告は、昭和四二年一〇月三〇日、原告に対し、前記のとおり転付金の返還を約したことにより、その相殺権を放棄したものというべきであるから、被告の抗弁は理由がない。

二、本訴請求原因に対する答弁および抗弁

(一)  請求原因(一)ないし(三)の事実は、本件転付命令による保管賃料返還請求権の移転が破産債権者を害する行為であるとの事実を除き、すべて認める。

(二)  本件転付命令の否認は、次に述べるとおり、少くともその一部について、許されないものである。

(1) 、破産法七二条二号による否認権の行使が許されるためには、債務の消滅に関する行為が破産申立または支払停止の後になされたというだけでは足りず、その行為が破産申立または支払停止後に発生した債務についてなされたものであることを要する。しかも、右債務相当額の財産は、右債務成立のときに破産会社の財産から逸出したのであるから、右債務の弁済行為を否認するためには、右債務成立時における破産会社の財産状態に照らして、破産債権者を害するものであつたことが必要である。

ところが、本件転付命令によつて消滅した債務は、破産会社が、昭和三四年一二月一日から本件破産申立の日である昭和四〇年三月一九日までの間、被告所有の土地を不法占拠したことによつて、被告に対して負担した損害賠償債務三、一八二、二二〇円のうち一、七五八、〇〇〇円の部分であつて、破産申立後に発生したものではない。しかも、原告は、右期間内における破産会社の財産状態を明らかにしない。

従つて、原告の否認権行使は、その要件を欠くものであつて、許されない。

(2) 、被告が弁済を受けた債権は、破産会社が被告所有の土地を不法に占拠したことによる損害賠償請求権であり、その弁済の用に供された債権(前記転付債権)は、破産会社が右土地上に所有していた建物につき第三者に対して有していた建物賃料債権を取り立て保管した金員の返還請求権である。

そうして、右損害賠償請求権は、民法三一二条所定の不動産賃貸人の債権に準ずるものであり、右保管金の返還請求権は同法三一三条所定の土地の果実にあたるものであるから、被告は、右損害賠償請求権につき、右保管金請求権のうえに、特別の先取特権を有し、破産法上の別除権を行使し得るものである。

従つて、右損害賠償請求権につき、特別の先取特権の目的である前記保管金返還請求による弁済を受けた被告の行為は、何ら破産債権者を害するものではない。

(3) 、被告が弁済を受けた金員のうち、一二一、〇〇〇円の部分は、原告主張の仮処分決定の執行費用にあたるものである。

そうして、右執行費用は、結局において、破産財団を保全するために支出したものであり、民法三〇六条の共益費用にあたるものであるから、被告は右執行費用の請求権につき一般の先取特権を有し、右請求権を優先破産債権として行使し得るものである。

従つて、少くとも、右一二一、〇〇〇円の部分についての原告の否認権行使は失当である。

(三)  仮りに、原告の否認の主張に理由があるとすれば、被告は原告に対し、財団債権として、別紙(三)(債権目録)記載の各債権を有するので、右各債権を自働債権として、原告の本訴請求債権と相殺する。すなわち、

(1) 、別紙(一)(物件目録)記載の土地は被告の所有であるが、破産会社は、右地上に同目録記載(1) ないし(3) の建物を所有して、その敷地部分(その面積は別紙(三)の債権目録中に記載のとおり)を不法に占拠していた。

ところが、昭和四二年六月七日、破産会社の破産により、その破産管財人(当初の管財人は訴外岡田和義、その辞任後に原告が選任された。)が、右土地建物の占有を承継し、よつて被告に対し、右敷地部分の賃料相当額の損害を与えている。

なお、右各建物のうち、(3) の建物は昭和四二年八月一日、破産会社の所有を離れ、(1) の建物は、昭和四四年八月二六日、被告が、前記大阪地方裁判所昭和三六年(ワ)第二、二二五号事件の仮執行宣言付勝訴判決に基ずいてなした代替執行により、取り毀された。

(2) 、被告は、右建物収去土地明渡の代替執行のため、原告を相手方として、大阪地方裁判所に対し、代替執行費用支払の申立(同裁判所昭和四三年(執モ)第五四〇号事件)をしたところ、昭和四四年八月八日、同裁判所から、原告に対し、執行費用一四〇、〇〇〇円を被告に支払うべき旨の決定がなされ、同決定は、同月二一日頃確定した。

なお、別紙(三)の(1) 、(2) の損害賠償請求権については、毎月末日ごとに、その月分の損害金の履行期が到来するものと主張する。

(四)  よつて、原告の本訴請求は失当である。

三、反訴の請求原因および原告の抗弁に対する反論

(一)  被告が、財団債権として、別紙(三)(債権目録)の(1) 、(2) に記載の損害賠償請求権を有することは、前記のとおりである。

(二)  よつて、被告は、破産会社の破産管財人である原告に対し、右債務の履行を求める。

(三)  本件反訴が民事訴訟法二三七条二項の規定に違反する再訴にあたることは否認する。

(1) 、反訴被告が前訴においてなした請求の減縮は、右法条にいう訴の取下げにあたらない。すなわち、右請求の減縮は、破産会社に対する破産手続の開始により、劣後的破産債権となつて実質上配当を受けられなくなる、破産宣告後の損害賠償請求権の部分を整理したまでである。従つて、右減縮の部分は、単に給付判決の上限を画したに止まり、その変動は厳密にいえば訴訟物の変動を生ぜず、厳密な意味での訴の取下げに該当しないものである。

(2) 、前訴の訴訟物と本件反訴の訴訟物とは同一でない。すなわち、前訴の訴訟物は、破産会社の不法行為を原因とする損害賠償請求権であり、請求の減縮にかかる部分は、破産宣告後に生じた債権として劣後的破産債権になるものであるが、本件反訴の訴訟物は、破産会社の破産管財人の不法行為を原因とする損害賠償請求権であつて、財団債権にあたるものであるから、両者は全く別個の訴訟物というべきである。

(3) 、前訴と本件反訴とでは、損害賠償請求額の算定の基礎となる事実が異なるから、両者の訴訟物は別個のものというべきである。すなわち、前訴においては、その判決時を標準とした相当賃料額をもつて請求していたのに対し、本件反訴においては、その後の事情変更により増額した相当賃料額をもつて請求しているのである。

(4) 、再訴の禁止は、訴訟経済の見地および前訴と後訴とが矛盾した結果を生じて秩序を混乱させることを防止するとの見地から、なされているものであるが、本件においては、かような問題はない。

また、再訴禁止の制裁的機能は不当に拡張すべきでないから、たとえ前訴と同一内容の請求でも、事情が変り、後訴により解決を求める利益が別個に生じた場合にまで再訴禁止を貫くべきではないし、同じような趣旨から、再訴の禁じられる権利関係を前提とするものであつても、別個の権利の主張とみられるものであれば、その出訴を禁止すべきではない。

四、反訴に関する原告の主張

(一)  本案前の抗弁

本件反訴は、次に述べるとおり、民事訴訟法二三七条二項に違反する再訴であるから、不適法として却下さるべきものである。

(1) 、被告は、破産会社が、別紙(一)(物件目録)記載の被告所有土地上に、同目録記載の(1) ないし(3) の各建物を所有することにより、被告の土地所有権を侵害したと主張し、破産会社を被告として、昭和三四年一二月一日から破産会社が右各建物を収去して右土地を被告に明け渡すまでの期間の損害賠償を求める訴(前記大阪地方裁判所昭和三六年(ワ)第二、二二五号事件)を提起し、第一審において、これを認容する判決を受けた。

(2) 、右事件は、その被告であつた破産会社外一名の控訴により、控訴審に係属(大阪高等裁判所昭和四二年(ネ)第六五二号)したところ、昭和四二年六月七日、控訴人である破産会社の破産により、その破産管財人である原告が、右控訴事件における破産会社の地位を受継した。

(3) 、被告は、昭和四四年五月一四日、右損害賠償請求のうち、昭和四二年六月八日以後の期間に係る分の訴を取り下げ、原告は、同日、右訴の取下げに同意した。

(4) 、被告の本件反訴請求は、右取下げに係る請求と同一のものであるから、本件反訴は不適法として却下を免れない。

(二)  本案の答弁

別紙(一)(物件目録)記載の土地が被告所有のものであること、同目録記載の(1) ないし(3) の建物が破産会社の所有に属する((3) の建物は、被告主張の期間、破産会社の所有に属した)こと、右建物による敷地占有面積が被告主張のとおりであることは、いずれも認めるが、被告主張の債権の存在は争う。

第三証拠関係〈省略〉

理由

第一、本訴について

一、(一) 被告が昭和四〇年三月一九日にした破産申立に基ずき、破産会社に対する破産宣告がなされたこと、原告が破産会社の破産管財人であること、被告が、原告主張の損害金債権の執行のため、原告主張の保管賃料返還請求権について、右破産申立の後である昭和四二年五月一九日(第三債務者である執行官和田棟治に対する送達は同月二二日)、原告主張の転付命令を得たうえ、昭和四二年一一月二四日、右執行官から一、七五八、〇〇〇円の支払を受けたことは、いずれも当事者間に争いがない。

右の事実によると、右転付命令による右保管賃料返還請求権の移転は、破産申立の後になされた債務の消滅に関する行為にあたるものであり、被告が、破産申立人として破産申立の事実を知つていたことも明らかであるから、原告は、破産法七二条二号、七五条により、これを否認することができるものというべきである。

(二) 被告は、右転付命令による保管賃料返還請求権の移転は破産債権者を害するものではないと主張して、原告のした否認の効力を争つているので、この点について判断する。

(1)、破産法七二条二号は、「債務の消滅に関する行為その他破産債権者を害する行為」と規定し、破産債権者を害する行為として債務消滅に関する行為を例示している。すなわち、同法は、破産申立または支払停止の後に、特定の債権者に対して債務の弁済等債務消滅に関する行為をなすときは総債権者の平等の理念に反し、破産債権者の利益を害する行為にあたることを示しているのである。

従つて、前記保管賃料返還請求権の移転は、債務消滅に関する行為である以上、他に特段の事由がない限り、破産債権者を害する行為であるといわざるを得ない。

(2)、被告は、本件転付命令の結果消滅した債務が破産会社に対する破産申立以前に生じたものであることおよび右債務の成立当時の破産会社の財産状態に照らすと、本件転付命令は、破産債権者を害するものではないと主張する。

しかし、破産法七二条の規定によれば、否認の要件としては、否認の目的たる行為が同条所定の時期になされたものであれば足り、その行為によつて消滅した債務自体が所定の時期に生じたことを要しないこと、否認の目的たる行為が破産債権者を害するか否かは、当該行為の時点において判断すべきであることが明らかであるから、被告の右主張は失当である。

(3)、また、被告は、民法三一二条の先取特権を有することを理由として、否認の効力を争つている。

しかし、同条の先取特権は、不動産の借賃その他賃貸借関係から生じた賃借人の債務について同法三一三条所定の目的物の上に存するものであるところ本件における被告の権利は、土地の不法占拠に基づく損害賠償請求権であつて、同法三一二条所定の権利にあたらず、また本件保管賃料返還請求権(その基本たる建物賃料請求権)は、同法三一三条所定の土地の果実にあたらないから、被告の右主張も失当である。(民法三一二条を土地不法占拠による損害金支払義務に、同法三一三条を地上建物の法定果実たる賃料請求権に、それぞれ拡張または類推して適用すべき理由はない。)

(4) 、さらに、被告は、民法三〇六条の共益費用の先取特権を有することを理由として、否認の効力を争つている。

しかし、仮りに被告が、右先取特権を有するとしても、これは一般の先取特権なのであるから、破産財団所属の特定の財産について別除権を行使し得るものではなく、右執行費用の請求権を優先破産債権として、破産手続に従つて行使し得るにすぎないのであるから、右先取特権を有することを理由として、否認の効力を争う被告の主張は失当である。

(5)、以上のとおり、原告の否認の効力を争う被告の主張は、すべて理由がない。

(三) そうすると、被告は、右否認の結果、右保管賃料返還請求権を原告に移転すべきところ、右返還請求権は前記弁済によつて消滅したから、被告は原告に対し、右返還請求権の価額に相当する一、七五八、〇〇〇円と右弁済を受けた日の翌日である昭和四二年一一月二五日から支払済まで、商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払う義務があることとなる。

二、そこで、被告の相殺の抗弁について、判断することとする。

(一) 破産会社が別紙(一)(物件目録)記載の被告所有土地上に同目録(1) ないし(3) の各建物を所有し、被告主張の期間、被告主張の面積の敷地を占有していたことは、当事者間に争いがない。そして、破産会社が右土地を占有する権限を有することについて、原告は何らの主張もしないから、破産会社(破産財団)は右土地を不法に占拠するものというべく、破産会社の破産管財人である原告は、財団債権として、右土地占拠による損害金を支払う義務を負うものというべきであるところ、鑑定人小野三郎の鑑定の結果によると、右土地の一ケ月三・三平方メートルあたりの相当賃料額は、少くとも、昭和四二年六月八日現在において一、五五四円、同四三年六月八日現在において一、八一九円、同四四年六月八日現在において一、八三六円を超えるものであつたことが認められる。

また、成立に争いのない乙第一六、一七号証によれば、被告を債権者とし、原告を債務者とする大阪地方裁判所昭和四三年(執モ)第五四〇号代替執行費用支払の申立事件について、原告が被告に対し、代替執行費用一四〇、〇〇〇円を支払うべき旨の決定が発せられ、該決定は、遅くとも、昭和四四年八月二一日に確定したことを認めることができる。

そうすると、被告は、財団債権である右損害賠償請求権と、右代替執行費用請求権とを自働債権として、原告の本訴請求と相殺することができる筋合である。

(二)  しかるに、原告は、被告のなした相殺の効力を争うので、この点について判断する。

(1) 、原告は、財団債権を自働債権とする相殺は、特に本件の如く破産財団をもつて財団債権の総額を弁済するに足りない場合において、財団債権者間の公平を害することとなるから、許されないと主張する。

思うに、

破産手続の進行上、財団債権者間の公平をはかるべきことはもちろんであり、このことは、破産法五一条一項の規定からもうかがわれるのであるが、破産債権についての同法一〇四条のような相殺禁止の明文の規定がない以上、原告主張のような解釈をとるわけにはいかない。右破産法五一条一項の規定は、破産管財人がなす財団債権の弁済を規制するものではあつても、財団債権者が、相殺その他の手段によつて、債権の満足を得る行為については何ら規制するものではないと解せられる。(なお、破産債権の行使は破産手続によつてのみなすべきであるから、破産債権による相殺は、破産法九八条によつて初めて可能となるのであるが、財団債権は、破産管財人が、破産手続によらず、随時これを弁済すべきものであるから、右九八条のような特別の規定を要せずして、当然に相殺の自働債権となし得るものというべきである。)

従つて、原告の右主張は採用できない。

(2) 、原告は、被告が、本件転付金の返還を約することにより、相殺をなす権利を放棄したと主張する。

しかし、原告の右主張事実を認め得る証拠はない。(相対立する債務を簡易に決済するという相殺の目的に照らし、両当事者が相対立する債務を保持したままで、相殺権のみを放棄するということは通常あり得ないことと考えられるから、かかる場合に相殺権の放棄があつたというためには、当事者が相手方に自己の債務の履行を約したという事実のみでは足りず、相殺権放棄の意思を明確に現わす行為をしたことを要すると考える。)

(3) 、以上のとおり、被告の相殺の効力を争う原告の主張は、いずれも理由がない。

(三)  そこで、被告の相殺による計算関係を明らかにすると、次のとおりである。

(1) 、被告が、右相殺の主張をしたのは、昭和四四年一月一七日の本件第三回口頭弁論期日であつた。しかし、本件のように、自働債権が継続的に発生するものであり、しかも訴訟上相殺の主張をした時点においては、その額が受働債権の額に満たないものであるときは、特に反対の趣旨が認められない限り、最終の口頭弁論期日において、相殺する趣旨と解釈すべきである。

(2) 、原告の本件土地占拠による損害金債務の履行期が毎月末日に到来するものであることは、被告が自ら主張するところである。

(3) 、以上の事実を前提として計算した結果は、別紙(四)(計算書)記載のとおりであり、原告の本訴請求権は、右相殺により、全額消滅したこととなる。

三、以上の事実によれば、原告の本訴請求は、失当として棄却を免れない。

第二、反訴について

一、(一) 被告が、破産会社を被告として、破産会社が別紙(一)(物件目録)記載の被告所有土地上に同目録記載の(1) ないし(3) の建物を所有することにより右土地を不法占拠したことを理由とする過去および将来の損害の賠償を求める訴(前記大阪地方裁判所昭和三六年(ワ)第二、二二五号事件、以下前訴という。)を提起し、第一審において請求認容の判決を得たこと、前訴の控訴審において、原告が破産会社の地位を承継したことは、いずれも被告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

そして、原本の存在および成立に争いのない乙第一五号証と弁論の全趣旨によれば、被告は、前訴が原告を相手方として控訴審に係属中の昭和四四年五月一四日、第一審において認容された前訴請求のうち、昭和四二年六月八日以後の期間の損害賠償請求部分について、訴の取下げをしたことを認めることができる。

(二) 本件反訴状の記載その他被告の主張に照らすと、被告は、本件反訴において、破産会社が別紙(一)(物件目録)記載の(1) ないし(3) の建物を所有することにより、右土地所有権を侵害したことを主張して、破産会社の破産管財人である原告に対し、昭和四二年六月八日以後に生じた損害の賠償を求めているものであることが明らかである。

(三) そうすると、前訴において取り下げられた請求部分と本件反訴請求とは、いずれも、破産会社が被告所有土地を不法占拠したことを原因として、昭和四二年六月八日以後に生じた損害の賠償請求権であり、しかもその実質上の債務者を破産会社とするものであるから、両者は全く同一の訴訟物であるといわなければならない。

もつとも、前訴において認容された請求は、破産会社を相手方としてその支払を求めるものであるのに対し、本件反訴請求は、破産会社の破産管財人である原告を相手方として、その支払を求めるものであるけれども、右差異は破産法の目的に由来する破産法上のものにすぎず、右同一性の判断を左右するものではないと考えられる。

(四) 被告は、前訴と本件反訴とでは、損害賠償請求額の算定の基礎となる事実が異なるから、両者の訴訟物は異なると主張しているところ、本件反訴請求が前訴の取下げに係る請求に比して、請求額の点で拡張されたものであることは明らかである。

しかし、前訴において債権の一部請求をしていて、後訴で残部の請求をする場合と異なり、前訴において全部請求をしていた場合には、実際の請求額が後訴において増額拡張されたとしても、後者の請求全部が再訴にあたるものとして却下を免れないというべきである。

従つて、被告の前訴請求が一部請求にあたるものであり、本件反訴請求がその残部請求を含むものであると認め得る証拠のない本件においては、本件反訴はその全部が不適法であるといわざるを得ない。

(五) また、被告は、民事訴訟法二三七条二項に違反する訴であつても、特段の事由があるときは、これを不適法として却下すべきではないと主張する。

しかし、被告の法律上の主張が容認できるものとしても、本件において、反訴を適法として救済すべき特段の事情があるとは認められないから、被告の右主張は採用できない。

二、以上の事実によれば、本件反訴は、独立の訴としても不適法であるから、却下を免れないものである。

第三、結論

よつて、原告の請求を棄却し、被告の反訴を却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 丸山忠三)

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